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経済12歳で反戦の絵を描いたロシアの少女、4年後もフランスで避難生活

内容
学校で描いた1枚の絵
マーシャ・モスカリョワさんが絵を描いたのは2022年、ロシアがウクライナに侵攻してから数週間後のことです。故郷はモスクワの南約300キロにあるエフレモフで、ウクライナ国境とのほぼ中間に位置します。担任教師はクラス全員に、ロシア軍を応援する絵を描くよう指示しました。多くの生徒は戦車や、ロシアが好戦的なシンボルとして使う「Z」の文字を描きました。
当時12歳のマーシャさんは、色鉛筆でまったく違う絵を描きました。ロシアから飛んでくる爆弾から、母親が子どもを守る場面です。ウクライナ国旗には「ウクライナに栄光あれ」、ロシア国旗には「プーチンがいなければ戦争はない」という言葉を添えました。マーシャさんは、自分が実際に見た状況や、真実だと信じたことを描いたと話しています。
問題になった経緯と家族への影響
マーシャさんによると、授業の後に絵を見たクラスメートがおり、その人が報告したのではないかといいます。絵はやがて警察の手に渡りました。その後、父親のアレクセイ・モスカリョフさんが「ロシア軍の名誉を傷つけた」罪で起訴されます。2023年に検察が懲役2年を求刑し、同じ刑が言い渡されました。マーシャさんは父親が一人で育ててきたため、孤児院に送られました。BBCは2024年10月、父親が釈放されたと報じています。
4年後の現在
釈放後、父娘はアルメニアを経由してフランスへ逃れました。今年の初めに到着し、一時滞在ビザを取得しています。現在はフランス東部の小さな村で静かに暮らしていますが、身の安全への不安は今も消えていません。頼れる相手は互いしかいない状況だといいます。
アレクセイさんは服役の影響で体調を崩しています。16歳になったマーシャさんは、母語ではない言語で学校教育を受けています。孤児院でもらった犬がアルメニアから届けられたことは、マーシャさんにとってうれしい出来事でした。学校以外の時間には、YouTubeやソーシャルメディアでロシア国内外へメッセージを発信しています。最近は、プーチン大統領と握手を交わした米国のトランプ大統領にも批判を向けています。
本人と父親の言葉
マーシャさんは、子どもが描いた単純な絵がこれほどの結果を招くとは誰も予想できなかったと振り返っています。ロシアに帰れたら本当にうれしいとしつつ、今の政権がいつ変わるのか分からないとも語りました。また、真実を語る若者や大人が大勢いれば、ロシアはより良い方向に変わるだろうという考えも示しています。
アレクセイさんは娘を誇りに思っていると話しています。ロシアで失ったものは、自由に真実を語れるようになったことで報われたと述べました。
問題の絵は、今もマーシャさんの手元にあります。家を出る準備をしていた際に、幼い頃のノートに挟まっているのを偶然見つけたそうです。マーシャさんは、警察は子どもの持ち物を探そうとしなかったのだろうと話しています。帰国の見通しは、現時点で明らかになっていません。
注目ポイント
注目を集めているのは、学校の課題で子どもが描いた1枚の絵が、家族の人生を大きく変えたという点です。騒動のきっかけとなった絵が没収されず、今も本人の手元に残っていることも、意外な事実として関心を呼んでいます。16歳になった本人が亡命先から発信を続けていることも、今後の注目点です。
ネットでの反応
ネット上では、言論の自由がない社会の怖さを示す例だと受け止める声が目立ちます。少女個人を罰するというより、国民全体への見せしめではないかとする見方もあります。密告が奨励される監視社会は他国にとっても無関係ではない、と身近な問題に引き寄せる意見も見られます。
一方で、報道は絵を発端として伝えていますが、絵が手元に残っていることから、本当の原因は別にあるのではないかと疑問を示す投稿もあります。父親自身のSNSでの活動が逮捕の理由だったとする投稿も出ていますが、報道ではそのような事実は伝えられていません。このほか、子どもに政治的な絵を描かせる学校の指示そのものに否定的な声も上がっています。
参考記事
- 幼少時にロシアで描いた反戦の絵、4年経った今も少女の人生に影を落とす 2026年10月20日 15:47
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| 2026年10月21日 7時 | 19位 |
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